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2012.04.28

小沢一郎氏無罪翌日の産経新聞一面は「エンタメ記事」

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4月26日、小沢一郎氏に対する第一審判決として無罪が示されました。

その翌日の産経新聞がとっても面白いので紹介したいと思います。
全て一面の記事です。

・坂井広志氏執筆記事「陸山会事件 東京地裁判決」
前原誠司政調会長は記者会見で、小沢氏の党員資格停止の解除に慎重姿勢を示すとともに、消費税法案について「手続きを踏んで法案を決めた。誰もが従うことが前提だ」と牽制した。
(坂井広志『産経新聞』2012.4.27)

そもそも検察の犯罪によって小沢氏が不当起訴されたのですから、党員資格停止という処分自体が不当だというのに、無罪判決が出ても尚その解除に慎重姿勢を示すその「姿勢」には感服するしかありません。
その前原氏が消費税法案について踏んだ手続きとやらについては、植草一秀氏が正確に描写下さっております。
「2012年3月28日未明、民主党の前原誠司政調会長は消え入るような声で「政調会長への一任」を申し出た。かすかに拍手の音が響いたが、圧倒的な怒号にかき消された。「議論はまだ終わっていない」、「多数決採決しろ」。/「シロアリ退治なき消費増税の実現」の政府原案はこうして、非民主的な手続きを経て決定された。」
(植草一秀『消費増税亡国論』飛鳥新社、2012年、5頁)

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坂井氏は「こういう事件がなければ小沢首相が誕生していた。状況を取り戻して政権が一つにならなければいけない」という鳩山由紀夫氏の真っ当極まる意見を記載した後、
小沢グループの間には小沢氏出馬への期待感は強い。ただ、代表選で3連敗を喫している小沢氏が勝利するのは難しい
(坂井広志『産経新聞』2012.4.27)

と記しています。一体「難しい」とは誰の意見なのでしょうか。坂井氏個人の意見なのでしょうか。坂井氏がどんな意見を持とうが勝手ですが、そのような恣意的な意見を披瀝する前に、ご自分が引用されている鳩山氏の「こういう事件がなければ小沢首相が誕生していた」という発言についてもう少し真剣に考えられたらいかがか、と思います。
繰り返される「親小沢VS反小沢」の構図。民主党に「ノーサイド」はない。
(坂井広志『産経新聞』2012.4.27)

「「ノーサイド」はない」などと、坂井氏はとっても気の利いた文章を書いたつもりで自己満悦に浸っておられるのかも知れませんが、そもそも「親小沢VS反小沢」の構図を繰り返しているのは誰なのでしょうか。坂井氏をはじめとするマスコミ人士ではないのでしょうか。つまり坂井氏ご自身が現在の構図を「親小沢VS反小沢」の構図でしか見られない、つまり、本質を捉える見識がないということです。

・政治部長 五嶋清氏執筆「改めて無信不立を考える」

五嶋氏は自民党の小泉進次郎氏の「今回の無罪は政治の信頼をますます失わせるような結果になる可能性もはらんでいる」という全く意味不明なコメントを紹介しつつ、小沢氏が金で政治力を強化していることや不正蓄財疑惑等に対する嫌悪感が小沢氏不信の原点であり、使途不明金問題もあるので小沢氏は無罪判決に満足せず国会で説明責任を果たせと説教を垂れておられます。
説教の対象は小沢氏にとどまらず小沢氏をはじめ政治の世界の住人へと拡大し、論語の「無信不立」という言葉を肝に銘じろと宣います。

小沢氏をはじめ政治の世界の住人は、無信不立という言葉を今一度、肝に銘じるべきだろう。このまま信頼が回復しなければ、政治が崩れ、ひいては日本という国が壊れていく。そんな不安をぬぐいきれない。
(五嶋清『産経新聞』2012.4.27)

五嶋氏は『戦国策』の隗より始めよという言葉をご存じでしょうか。
五嶋氏が身を置いていらっしゃるマスコミ界に対する信頼はとっくに失墜しているという自覚はおありなのでしょうか。「政治の世界の住人」へ説教を垂れる暇がおありなら、ご自身が所属しているマスコミはとっくに「崩れ」「壊れて」いることを反省し、その「崩れ」「壊れて」いるマスコミとはご自分がお書きになっている文章そのもののことだということにお気づきになった方がよろしいのではないでしょうか。

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・産経抄

岡井隆さんという方が、解党した新進党を念頭に詠んだ
<小沢一郎しづかに崩れゆくときの数の論理の美しきかな>
という短歌を紹介しつつ

小沢氏を擁護、批判どちらの側でも大騒ぎするメディアが、「しづかに崩れゆく」べき政治家の延命に、手を貸しているのかもしれない。
(産経抄『産経新聞』2012.4.27)

小沢氏のことを「しづかに崩れゆくべき政治家」と表現しています。
失礼この上ない表現だと思いますが、既に「崩れ切っている」マスコミ人士に言われたのでは小沢氏も苦笑するしかないでしょう。
さらに、自分たちメディアが大騒ぎするから、小沢氏は政治家として延命できているとまで言っているのです。ここまで勘違いできるとは、ある種の才能を感じます。

この日、産経新聞の一面が検察について触れたのは、判決骨子を解説した「虚偽記載認定、共謀は成立せず」というタイトルで書かれた文章の中の

判決は、検察の捜査を「事実に反する捜査報告書を検察審査会に送ることはあってはならない」と批判。

という判決を引用した一文のみです。

一面で執筆なさった坂井氏も五嶋氏も産経抄氏も検察の犯罪については一言も触れておりません。
これがフェアな報道と言えるでしょうか。言えるわけがありません。
「ちょっと偏った報道だよね」といったレベルの偏り方ではありません。
今回の検察の犯罪は検察のみならず司法組織全体が(一部の少数の良識的な司法関係者を除いて)腐敗していることを窺わせるものです。本来このような検察の大罪に対してマスコミは徹底的に突っ込んでゆかなければならないはずでしょう。

にもかかわらず一言も触れないのはなぜでしょうか。
考えられる原因は3つです。

@何者かから強烈な圧力がかけられており、その圧力に逆らうと命を落とす、
 もしくは命は落とさないまでも悲惨な人生が待っているから。

A何者かからマインドコントロールされていて、検察の犯罪に触れないことが
 心の底から「正しいことだ」と思っているから。

B山本七平氏の「空気」に支配されているから。


本当に@であるのならば私は同情します。
私は他人様に向かって「命を懸けろ」などと言う資格はありません。
しかも人が命を懸けるのは人から懸けろと言われて懸けるのではなく、本人の止むに止まれぬ情熱によって懸けるわけですから、そのような高尚な志と情熱を持った「人物」がマスコミ界から出現して下さる僥倖を待つだけです。
というか、そのような志と情熱を持った人物が小沢一郎氏であり、植草一秀氏であると私は思っているわけですが。

もしAならば、マスコミ人士は自分の頭にヘッドギアがはまっていないかどうか、そのヘッドギアによって誰かの脳波に強制シンクロされていないかどうか、今一度チェックをお願い致します。

最後にBならば、山本七平氏の『「空気」の研究』が文藝春秋から出版されたのは1977年であり、もう35年が経過しているわけです。「お前ら30年以上経ってもまだそのレベルか」と小室直樹先生と一緒に草葉の陰で嗤っていらっしゃることでしょう。



最近の新聞は今回のようなエンタメ記事が満載で面白いので、普段緊張を強いられる仕事をなさっている方々には、息抜きとして楽しんでいただければと思い、これからもご紹介してゆこうと思いますが、一方で私はマスコミの中で、少数の、まだ良識を失っていない方々をできるかぎり応援してゆきたいとも思っています。

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 これからも楽しんでいただけるような記事を執筆して参りたいと思います。
05:36 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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